みーちゃん♪心の傷
♪ご訪問頂きありがとうございます♪
管理人のkuririnです(^^)/
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
はじめに、、、
我が家のみーちゃん(義母/78歳)は、初期のレビー小体型認知症で要介護2です。初期症状や現在に至る経緯は「お義母さんのお世話」「レビー小体病に思う事」「レビー小体型認知症の初期症状など」カテゴリで綴っております。
このブログは、根治しない進行性のレビー小体型認知症に対し、適切な治療とケア次第で、普通に暮らせる時間が少しでも長くなるのではないか・・・と、ささやかな願いを抱きながら、レビー小体病に手探りで向き合う若輩・管理人の日々のアレコレを(息抜きもいっぱい・笑)綴っています。
と、言う訳で、、、
今日のお話しは↓↓ココから![]()
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°
昨日の出発の記事に際しては、沢山のコメントを頂戴し、本当に有難うございました。
大変嬉しく拝見致しましたm(_ _)m
また、コメントは無くとも多くの方が温かく見守って下さっていた事と思います。
昨日コメントをお寄せ下さった皆様には、お1人づつお返事を差し上げるべきところではございますが、今回に限ってはこの記事をそのまま、ご報告とお返事に換えさせて頂く事をお許し下さいませm(_ _)m
どうかご了承下さいます様に。
結論から申し上げて、みーちゃんは「お墓参り」は出来ましたが、「兄弟との再会」は出来ませんでした。
その一部始終。
色々と思い悩みましたが、ありのままを記事にしたいと思います。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
昨日の朝。
私 「みーちゃん、体調はどう?」
みー 「いいよ~~♪ヽ(゜∀゜)ノ」
私 「じゃあ、予定通り行けるね♪」
みー 「大丈夫~♪」
あれやこれやの支度をして、ブログをアップした後、10時過ぎの新幹線で
名古屋に向いました。
新幹線のホームでわくわくです♪
みーちゃんとお洋服の色彩を合わせました(^^)
兄弟さん達には、いつまでも、元気でキラキラのみーちゃんを覚えていて欲しいと思いました。
夫と私は、心からそう願ってこの日を迎えました。
みーちゃんはとっても嬉しそうです。
そして、みーちゃんの心に残る1日になるはずでした。
なのに結末は、私が想像もしなかった形で終わり、それがそのままみーちゃんの思い出となり、また、私達夫婦の思い出ともなりました。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
ここで、少し注釈させて下さい。
今回、あちら様(みーちゃんの兄宅・弟宅)との連絡役は全てみーちゃんに任せてありました。みーちゃん自身が「自分でするから!」と言い張ったからです。そして、みーちゃんは、この連絡をとても楽しそうにしていました。
そして更に、お話を始める前におさらいしておきます。
今回のメインイベント①
「おっかさんのお墓参り」
みーちゃんのポロリ発言で発生した、イベント②
「兄弟との再会」
過去記事の通り、本来は別の機会を持つ予定でした。
①に関しては段取り全てを私が行いました。が、②に至ってはみーちゃんが兄や弟と連絡を取り合っていました。なので、私はみーちゃんの話から手土産等の用意やその他臨機応変に対応出来る様、みーちゃんからの話だけを頼りに、想像出来る範囲で万端の準備を整えていました。
よって、お墓参り以降の予定について具体的な話をみーちゃん自身が詰めておらず、私も確認のしようが無いので、お墓で集合したその時の雰囲気を第一にして、あちらのご都合に合わせる柔軟な心積もりでおりました。
お墓までのアクセスは、、、、
京都駅→新幹線→名古屋駅→JR在来線→
→高蔵寺駅→タクシー→お墓 となります。
で、更に確認ですが、
「再会」について連絡を取り合っていた3人のプロフィールは以下の通りです。
≪一人目≫
みーちゃんの兄・Nさん、84歳。
≪二人目≫
みーちゃんの弟・Sさん、75歳。
≪三人目≫
みーちゃん・今年79歳。
と、言ったメンバーなんですね。
それで、「再会」へのアプローチは私の知る範囲では
以下の通りに展開しました。
みーちゃんが弟にお墓参りへ行くとポロリと言った
↓
弟より、お墓まで会いに行くので、日が決ま
ったら教えて欲しいと言って来た。
↓
みーちゃんは弟・Sに16日に行くと再度連絡し
弟の近所に住む兄・Nにも同様に連絡をした。
↓
前日、弟・Sからの連絡で、私達が名古屋に着い
たら家を出るので連絡して欲しいとの事だった。
↓
当日、名古屋から高蔵寺に向う際、その旨を
みーちゃんが弟・Sに電話をし、昼食を済ませ
た事と供花も用意してある旨、伝えました。
では、続きをお話します。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
名古屋駅に到着したのは11時頃。
お墓ではどんなメンバーが私達をお迎え下さるのか…私にしてみれば、みーちゃんが長らく自身の実家と絶縁状態だった事から、今回、初めてお目に掛かる方々ばかり。少々の緊張はありましたが、それ以上にとても楽しみにしていました(^^)
新幹線の中でも・・・・
私 「誰が待っててくれはるんやろ?」
みー 「さぁ~ね~(^^)」
私 「私は初めてお目に掛かるんだから
ちゃんと紹介してよ~」
みー 「そんなん
kuririnさんやったら大丈夫(^^)」
私 「そうじゃなくて。
頼むよ~~~(^_^;)」
みー 「あはは~(=^▽^=)
あ!病気(レビー)の事、言う?」
私 「私はお話するつもりはナイけど(*^^*)
え? お話しておいた方がいいの?」
みー 「ううん ((゚v゚≡゚v゚)) ♪」
私 「おしゃべりはみーちゃんに任せるわ(^^)」
みー 「うん♪ わかった(*^^*)
kuririnさんはな~も喋らんでエエよ」
私 「・・・・ホンマかいな・・・・(--;)」
名古屋に到着しました。
いずれにしても、先方が昼食のご心配を下さっては気の毒なので、私達は名古屋で早めにお昼を済ませ、高蔵寺駅へ向いました。
(名古屋を出発する時、Sさんの指示通りその旨電話でみーちゃんが連絡をしました。)
高蔵寺駅からタクシーで霊園に到着しました。
みー 「しかし、kuririnさん。
よ~こんな知らない所へひとりで捜しに
来てくれたね~!!」
みーちゃんは、改めてお墓を捜し当てた私に、お礼を言いました。
到着してまずは、過日お世話になったお寺さんと、墓守のおばさんにお礼を述べてささやかな品をお受取り頂きました。
みーちゃんは、お墓探しで一番お世話になった墓守のおばさんには現金を包んで手渡していました(^^;) どうやら、最初からそのつもりでジャケットのポケットに入れていたようですσ(^◇^;)←全くの予想外・笑。でも、それでみーちゃんの気が済んだのだから良かったなぁ~と思いました。
お寺と霊園は目と鼻の先。
霊園の駐車場に行くと、そこにひとりの女性がおられました。
みー 「あ! Sの嫁さんやわ!」
みーちゃんは懐かしさに満面の笑みです。
みー 「まぁ、まぁ、久しぶりやったね~(^^)」
S嫁 「ホントにねー(^^) 遠い所良く来なって」
私達もご挨拶をした後、みーちゃんが尋ねました。
みー 「Sは?」
S嫁 「家にいる」
先刻みーちゃんは確かに電話でSさんご本人に連絡しました。私達は訳が分からなくなりました。
とにかく第一の目的であるお墓参りをしました。
草引きをして、掃除をして、お花や線香を供えました。みーちゃんは、心から得心した様子で本当に嬉しそうでした。
S嫁 「今日は、月命日だで~」
みー 「ホントー (^^) それは良かった!」
みー 「おっかさんが喜んでるわ~」
みー 「あ!バナナを持って来てるの!」
よく話を聞くと、ずーーっと昔。
家を出て京都にやって来たみーちゃんを心配して、両親が京都まで会いに来たことがあったそうです。
その時バナナを出したら、お父さんが「京都のバナナは美味しい」と言ってとても喜んでくれたそうで、それを今でも覚えている・・・と言って、バックから出してお供えしていました。すると・・・・
S嫁 「おじぃさん、バナナ嫌いやったよ(-。-;)」
みー 「えーっ!Σ(゚ロ゚;)そんなハズない!」
S嫁 「ホンマやよ。
入院中も絶対に食べなかったし」
みー 「・・・なら、
私に気を遣ってくれたんやね(T^T)」
みーちゃんはしみじみして手を合わせていました。
みー 「おっかさん、よろこんでるわ。
みーが来てくれたって。
でも、ビックリしてるかも知れんな(^0^)
仲、悪かったし・笑」
静かで穏やかな時間が過ぎて行きます。
みーちゃんは楽しそうに独り言を言っています。
みーちゃんはS嫁と色々と懐かしい話が出来て、それはそれで楽しそうでした。
S嫁さんはおおらかで気の良さそうな方です。
しかし、それでも仕方なく来たふうな雰囲気を、私達は感じていたのでした。
私は、この後の予定がとても気になっていました。
みーちゃんは、弟と兄のところに行けるのだろうか・・・・そればかり気になりました。
でも、S嫁はそのまま帰って行きました。
その直前、みーちゃんは弟・Sと、兄・N宅への手土産をS嫁に
みー 「荷物になるけども・・・」
と言い、夫がタクシーのトランクから用意して来た手土産を2つ出して手渡しました。そして、
みー 「Sに、
昔のことはお互いに忘れて、これからは
楽しく生きる様にしよう・・・どっちも先は
長くないからねって、伝えといて。
S嫁さんも、達者でね
あと、もうひとつはNの家の仏さんにお供え
してもろてね・・・・」
S嫁からは「Sに会ってやって」とも、「Nさんには会いに行かないのか」とも、何の言葉もありませんでした。なので、私達から「お伺いしたいんですけど・・・」と、言い出す訳にも行かず、待たせていたタクシーに乗り込み、そのまま京都に帰って来ることになったのです。
S嫁を見送って、みーちゃんはちょっと肩を落としていました。
みー 「仕方ナイねー」
と、つぶやきながら。
この時みーちゃんは、何となくこの結末を予測していた・・・そんな風な口ぶりで、特別悲しそうではありませんでした。。。。そう、諦めに似た感じと言うか「やっぱりね・・・」みたいな。
おそらくみーちゃんは、ずーーーっとそうやって、片意地を張って、突っ張って生きて来たのだと思いました。そして、この結果をそのまま自分で引き受けたのだと思います。
みー 「(瀬戸の実家に)おいでって言わなかったし、
私も京都においでって言わなかった(`・ω・´)」
って・・・(ё_ё;)こーゆー人です。みーちゃんは。
こちらは駅前に住んでいるから、名古屋からも来てもらいやすいし~なんて言って、喜んでたんですけどねー。みーちゃん本当は「いつか京都にも来てね」って言いたかったと思うんだけどな・・・・(ノω<。)
どんな因果からか、みーちゃんを受入れてくれたのは、物言わぬ両親のお墓だけでした。それでも、みーちゃんは(身勝手かもしれないけど)過去を乗り越え兄や弟に連絡もしましたし(兄弟が存命で居てくれることや、会話出来た事を心から喜んでいたし)、私達も誠意をもってやれるだけの事をしたと思っています。
だから今回の事に関しては、みーちゃんは良い“因”を積んだと思います。
ここから先はその“果”を、“人事を尽くして天命を待つ”とでも申しますか、縁があればまた再会出来る機会にも恵まれることでしょう。
全ては済んだことです。
帰宅して、その夜。
みーちゃんは姫部屋で休み、私達夫婦2人になりました。話題は当然この日の事です。
私の中では「なんで!」や「?」がいっぱい飛び交っていましたが、尋ねたところで既に意味のないことです。
その昔、みーちゃんと兄や、みーちゃんと弟との間に何があったかなど知る由もないけれど、こうした結末になるのも因果応報なのかな・・・。こうなるだけの事をみーちゃんもして来たんだろうし、それぞれが未だに許せない心の傷が凝り固まってあるのかしらね・・・と、そんな事をおっとと話をしていました。
暫くの沈黙のあと、おっとが言いました。
夫 「・・・・オフクロには僕らが居る!」
私 「そうやね(^^) 私達がいるね」
こうして長い1日が終わったのでした。
人間万事塞翁が馬
そんな事を思いながら・・・・。
今日も最後までご覧頂き有難うございましたm(_ _)m
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
レビー小体型認知症は薬剤過敏性があります。なのでアリセプトは少量(1㎎)からのスタートが大切です。国の規制する5㎎では“凶器”になる事もあります。レビー小体病やピック病など、認知症治療の適切なガイドラインが早く整います様に・・・。
ブログランキングに参加しています。もし、良かったら・・・
クリックで↓↓応援頂けると嬉しゅうございますm(_ _)m
あなたのワンポチで10P![]()
☆.。.:*・°☆.お ま け.。.:*・°☆.。.:*・°☆
皆様の温かな応援、本当に有難うございました。
みーちゃんは今朝、いつも通りにデイサービスへ行きました。
ちょっと微熱がありましたがσ(^◇^;)
それでも特に症状も出さず、いつも通りに元気で、ホッとしております。
















最近のコメント